三四郎池を散策

/Posted:2016.05.03

今日は実家に帰った。実家は文京区向丘にある。
向丘はかつて「東片町」という町名だった。

ご存知の方ならピンとくるかもしれない。
夏目漱石の小説「三四郎」の主人公である三四郎が下宿していた町である。

小説の中では「追分」という表現がされる。
この追分は現在の国道17号線と本郷通り、古い名前で言えば旧中仙道と岩槻街道が別れる場所である。

丁度その三四郎を読んでいることもあり、なんとなく三四郎池に久しぶりに行ってみようかと思った。
家族で昼食に出かけたついでにブラブラと向かった。


三四郎池の東側より
 
東大は僕にとっては遊び場であり、また通り道だった。
グランドで友達とキャッチボールをしたり、構内全体で鬼ごっこをした。
家から言問通りを通って根津や上野に向かう際には東大農学部を通り抜けた。
また、龍岡門の近くにある区の総合体育館のプールに通うために、正門から入り龍岡門を出て、帰りはその逆の道を辿った。

そんな僕にとって三四郎池は単に汚い池だっま。
水は汚いし、草は伸び放題で、足場の石もきちんと整備されているわけでなく、歩くのは危ないと言われた。
学校では破傷風菌がいるので行かないようにと注意されていたくらいだ。

当時、三四郎池の名の由来は知っていた。
だが、小説を読むこともなく「寄り付かざる場所」として存在していた。
中学以降三四郎池に行ったことはなかったと思う。
社会人になってから、一度行った。
その時もやはり草が伸び放題だったように記憶している。

今日はゴールデンウィークだったせいか、池で釣りをして遊ぶ子供、僕らのように散策をしに来た人達がいた。
未だかつて、これだけの人がこの池に訪れていることを見たことはなかった。
正直、驚きだった。


池の中の島を北側から

以前より、小奇麗にされているようにも思えた。
夏前だったから草が伸び切る前だったからかもしれない。
小説を読んだことが何かしら心理的に影響してそう見えたのかもしれない。

ちなみに、「これだけの人」と言っても、おそらく30人程度だったろう。

小奇麗になったと言っても、他の庭園のように丁寧に手入れされているわけでもなく、水は濁り、美しい日本庭園の池として存在しているわけでもない。
でも、都会の中では珍しく木々に囲まれ、水が流れる残された場所の一つであることは間違いない。

5月の暖かな陽気と、少し強い風が久しぶりに心地よい時間をくれた。
子供の頃のことも思い出しながら、散策を楽しめた。
漱石に感謝である。
 
 

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